前回書いたようにインターンとしての採用決定は4月上旬でした。開始日は6月上旬と決まり、それまでの期間にはいろいろと準備がありました。2ヶ月というと余裕があるようにも思えますが、実際にはビザと家探しなど意外に時間のかかる作業があったり、手続きについて調べなければならなかったりで、けっこうな時間を費やしたと思います。住居についても、紆余曲折があり難航しました。
チーム構成
8人のインターンが定量的分析、定性的分析のサブチーム1に分かれていました。どちらも(ほぼ)博士課程の大学院生で構成され、前者はコンピュータ科学や統計的分析、後者は社会学やオンラインコミュニティ分析を専門としています2。この時点では、一度だけSkypeで顔合わせ(というか声合わせ)をして、あとはほぼメールでだけ連絡をとりあっていました。メンターを合わせるて11人のうち5人は米国外(スイス、イタリア、ロシア、オランダ、日本)出身だったので、組織全体とインターンチームの規模の割には多国籍だったと思います。
仕事の準備
アカウント作成と、使う予定のツールについての調査など。ウィキメディア財団の特殊事情として、サーバー管理もコミュニティ(ボランティア)が参加してやっているという点があります。ウィキメディア財団職員もインターン生も、サーバーアカウントやコミット権限をもらうにはコミュニティの許可が必要です3。
インターン生は現地に行く前から、開始時に備えた練習として、リモートで仕事をはじめました。これはいいやり方だと思いました。たとえば、実際に試してみると、英語版ウィキペディアのMySQLデータベーステーブルを扱うのはやっかいでした。メモリを使い果たしてしまいかねないのでjoin を安易にしないことなど性能面で気にしなければならないことがたくさんあることがすぐに分かりました。必要なデータがどこにあるか、どの部分に工夫が必要になるかなどがある程度分かった状態で現地に着いたので、戸惑うことなく仕事をはじめることができました。このあたりも、データの持ち出しなどにあまり制約がないオープンな組織のいいところかもしれません。
住居
個人的に一番難航したのが住居探しです。 まわりの米国インターン経験者には住宅で困ったという話をあまり聞かないのですが、 自分はなかなかうまくいきませんでした。何かも初めてだったということのほか、ひとつには住宅事情が悪いサンフランシスコという土地柄があり、またホスト組織のウィキメディア財団が(特に米国外からの)インターン受け入れと支援に慣れていない、というのも大きかったのかなと思います。
サンフランシスコは、情報系をはじめとするインターンが多い街なので、夏だけの貸し家やアパートの部屋がけっこうあります。ただし、それ以上に借り手も多いらしく、地価は高いです。 最初は、せっかくなので全員が入れる物件を探そうとしたりもしたのですが4、一ヶ月たらずで入居したいとなるとなかなか条件の合うところが見つからず、結局は各自で部屋探しをすることになりました。craigslist とか roomorama を使っていくつも応募をしましたが、ほとんどまともな返事がありませんでした。
最終的には渡航一週間前くらいになって、月900ドル、オフィスまでバスで20分ほどのルームシェア(風呂とトイレと台所を共有)の物件を押さえることができました。最初はホテルかどこかに泊まることを覚悟しはじめていたので、このことはかなり助かりました。大家さんは近隣の大学で言語学の社会人修士をやっている人で、自分が計算言語学をやっているということろには興味を持ってもらえたようでした。
ビザ
4月下旬から、ウィキメディア財団と、ウィキメディア財団が依頼した移民関係の弁護士事務所と、 American Immigration Council とのあいだで書類のやりとりをはじめました。最終段階での政府から発行された証明書の受け取り以外、連絡手段はほぼすべて電子メールでした。こちらから書類を作って送るときにはスキャナを多用しました。
ビザ申請関係の書類は色々あり、書き方を調べるのにけっこう手間取りました5。なかでも、インターンシッププログラムとそこへの受け入れに対する認可を示す DS-2019 の取得にもっとも手間と時間がかかったようでした。「ようでした」というのは、DS-2019については自分としてはプログラムの内容や期待する獲得スキルなどについて提案するくらいで、ほとんどはウィキメディア財団の事務方と上司がやってくれたからです。これらを準備するのに4月末から5月中旬までかかったため、ビザの発行がほんとうにギリギリになってしまいました。
必要種類が揃った時点で、東京大使館の通常の処理キューだと6月頭の出発にほぼ間に合わない見込みになっていたので、5月23日に「通常の処理だと、すでに承認を受けたプログラム開始期日に間に合わないので優先してほしい」との旨で緊急予約を依頼して、5月25日に日比谷の米国大使館で面接を受けることができました。
面接はすみやかに終わりました。インターンの場合、すでに何段階か政府からの承認を得ているので、大使館面接はほとんど形式だけ、という印象でした6。名前の確認、現在の所属、インターン中の職についてのみ訊かれ、問題なく承認されました。9時半に到着したのですが、10時半には出ることができました。
その他
持ち物については、 研究留学ガイド:アメリカに持っていくもの をかなり参考にしました。
次のポストでは(ようやく)インターンシップ開始後のことを書きたいと思います。
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それぞれ研究経験者として、オンラインコミュニティ分析の研究をしてきた Diederik van Liere 、スラブ文学・文化の研究をしてきた Maryana Pinchuk がマネジメントを担当しました。サブチーム分けはそれほどかっちりしたものではなく、各自のプロジェクトが切り替わったり進展したりするごとに、違う人と組んだり一人でやったりしました。 ↩
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ただし厳密に分かれているというよりは、ほとんどの人は学際領域に属していいるといったほうが適切 ↩
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とはいえ実際には、ウィキメディア財団に関係する案件は迅速に処理されることが多く、また、最近ではMediaWikiコミット権限付与処理は職員に任せられています。 ↩
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ウィキメディア財団のオフィスがあるサンフランシスコ中心街 (Downtown) 近辺では比較的ワンルーム( studio と呼ばれる)が多く、中心街を少し離れたあたりでは貸し家を数人で共有する形の物件(寝室だけ個室で、room share と呼ばれる)が多いようでした。後者のなかには、家全体をグループに貸しに出しているケースと、家の一部に既に住んでいる人がいて残りの部屋を貸しに出しているケースとがあり、後者の方が(少なくとも夏は)多く貸し出されているようでした。 ↩
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基本的には政府のホームページにある情報、弁護士事務所からもらったガイドなどを参考にしました。他の情報もネット上にいろいろあるのですが、ビザ関係は手続きが頻繁に変わるらしく、かえって混乱してしまうケースがありました。 ↩
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ただしビザ手続きはかなり頻繁に変わるようですし、申請者の状況にもよるので、いつもそうとは限らないと思います。 ↩
